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松山市小川(旧村社)⑭注連石(右)「魚游於水」⑮注連石(左)「鳥遊於雲」出典『孔子家語』【位置】松山市から196号線を北に約10㎞で小川交差点を右折して約100mで三叉路に出る。左の細い道を約200mで右手に鳥居があり、奥に拝殿が見える。500×52.5×28(㎝)明治17年9月15日64歳の作この神社は古くからの鎮座で、越智一族が崇敬した。口碑によると、応永の昔、畠山家の近侍落馬の事故により、畠山家より数次にわたって代参奉幣があったと伝えられる。主祭神「誉田別皇命足仲津彦気長足姫命」注連石、向かって左側には「鳥遊於雲」(鳥は雲に遊び)裏面には氏子中、発起大森盛壽。石工岡見新平。右側には「魚游於水」(魚は水に游び)とあり、裏面には、明治十七年甲申年九月十五日、周旋人として玉井又一・栗上圧作・作道重平・有田栄五郎の記銘がある。三輪田米山六十四才の書である。注連石、右側「魚が遊び」は「しんにょう」が「さんずい」になっており、米山の遊び心がうかがえる。右上がりの気字壮大な線条で豊潤な筆触を感じさせる書である。この碑文の意味は「森羅万象生き生きとした生命がある」ということで、日尾八幡神社の「鳥舞魚躍」、伊予豆比古命神社(椿さん)の「龍遊鳳舞」と共に大意は同じである。なお拝殿内には、熊谷直実の『一谷嫩軍記』に出てくる「平敦盛、青葉の笛」の有名場面を絵馬にして奉納されている。正八幡神社の注連石から正面を見るとご神体である宅並山が見える。ふり返ると斎灘には寒戸島が見えることから、神戸(かみど)から寒戸に変化したものか。石段は、鳥居下八段、中二十二段、上五段あり横長さ三m七十㎝高さ二十㎝・奥行二十二㎝全て通しで中に三本折れる。なお正八幡神社は、文政四年(一八二一)の地図によると、当時は宅並山の頂上にあり、現在の神社のある場所は遥拝所であった。⑮⑭いちのたにふたばぐんきたくなみさんようはいしょくまがいなおざね